連続放屁魔
2016年、
証券会社に勤めていた。ある日、彗星の如く上司が赴任してきた。名をジェフリーという。
余のチームは、各分野の精鋭が集められ専任チームとして新設された、肝入り部隊だった。ただ、これという仕事はなかった。そう、マドギワ部隊だった。そんな中、ジェフリーは、このマドギワ族を鍛え上げるために、家族を残し、はるばるカナダから単身、赴任してきたのだった。
ジェフリーは、中華系カナダ人だった。生まれはちうごく。数年前にカナダで永住権を取得したらしい。ジェフリーはちうごくでの人生については、酒の席でも決して語らなかった。察するに、ウンコを食べて飢えをしのぐぐらいドン引きな黒歴史があるのだろう。しかし彼の仕事ぶりは、まさに敏腕そのものだった。なぜこんなマドギワ部隊にやってきたのか、まったくもってワカラナイ。的確な指示、手厚いフォロー、柔らかな物腰、打たれても折れない強いココロ。「しなやか」というのはまさに彼のような人のことを言うんだろうな、と思った。
はじめて、あれ?と思ったのは、ジェフリーの隣で余が担当していた尊いプロジェクトの概要と進捗を説明しているときだった。
プッ・・・
微かな破裂音が聞こえたような気がした。直後、強烈な硫黄匂があたりを黄色に染めた。くっせぇ!!息ができなかった。
え、まさか今、おならした?え、まじで?このタイミングで?
いやまさか。
きっとお腹のコンディションが悪かったんだYO。
自分にそう言い聞かせた。そうだ、誰だって我慢がきかない、仕方のない時があるじゃないか。どうにもこうにもならないから、すかしっ屁のつもりがちょっと音が出ちゃった、きっとそうゆうことだ。だいじょうぶ、身は出てない。音だけだ。だからここは気づいてないフリを貫かなければならない。そう、それがオトナの流儀というものだ。
数日後、事件は起きた。会議室で、チームのメイトがホワイトボードに何かを描きながら熱心に説明していた時だ。私はふと、ジェフリーのほうを見た。ただ、ふと彼のほうを見たのだ。そのとき、私は目撃してしまった。彼が放屁するその瞬間を。
音はなかった。いや、聞こえなかっただけかもしれない。ただ、私にはわかった。その片尻を持ち上げる仕草、そして一瞬のうちに力の入れられた腹筋によってわずかにたわむワイシャツの動き。そう、それは見まごうことなき、すかしっ屁の奥義に違いなかった。
直後、小さな会議室に硫黄臭が充満した。
息を止めろ。
のちに、彼は、歩きながら雑音に紛れて放屁を繰り返す、連続放屁魔であることも明らかになった。
あまりにもナチュラルに放屁活動が行われるので、「人前でのおならは慎むべし」という日本の慎しきマナーそのものにさえ疑いを持ち始めた。もしかしたら、余の認識が間違っているのかもしれない。あるいは、彼がキャリアを築いた異国の地では、人前でのおならはがまんするべきものではなく、むしろ健康のために率先して放出する、という文化が根付いているのだろうか。お先にどうぞ、いえいえどうぞあなたから。そうですか、ではお先に ーーー プッ ーーー
なんと懐の深い国なのだろう。世界は広い。